明治大学 スケート部 アイスホッケー部門

明治大学アイスホッケー部について
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明治大学アイスホッケー部の歴史
明治大学アイスホッケー部は,1925年(大正14年)に体育会スケート部の3部門中の1部門としてスタートした。3部門とは,アイスホッケー部門,スピードスケート部門,フィギュアスケート部門であり,これらの部門は今年で創部86年を迎える。

まさに歴史・伝統・実績と三拍子そろった,明治大学の中においても名門中の名門クラブである。更にこの三部門それぞれが多くの大会においての優勝や世界選手権大会・冬季オリンピック大会に出場・活躍した選手を数多く輩出しているクラブであり,本年2011年1月釧路市で行われた日本学生氷上競技選手権大会(インカレ)においては,見事総合優勝を飾っている。閉会式ののち約130人程の選手・スタッフ・父母・友人達の優勝の歓喜と校歌の大合唱は,伝統と歴史ある明治だからなせる技だと自負している。

インカレ総合優勝は,85回大会中,実に51回目の総合優勝の栄冠に輝いた実績をみても日本のスケート界・アイスホッケー界に大きな存在感を示し続けてるとともに大きなリーダーシップを持ち続け,歴史の継承と新しき価値観の創出といったものを常に求め続けているクラブである。手前味噌であるが,我がクラブは日本一の大学アイスホッケー部であり,常に優勝することが最高であり最低でもあるという,非常に厳しい伝統とプレッシャーにくくられたクラブであるといっても過言ではない。

さて,歴史について簡単にご説明しましょう。 スケート部の誕生は以外にもスケートの選手達の集まりではなかった。はじめは山岳部の部員たちからであった。山岳部部員たちは冬山に登りその山々の中で氷結した湖水に遭遇し、その湖水の氷上でスケートを楽しんだことが切っ掛けとなった。

 その部員達の中で特にスケートを愛好する部員が集まって出来たグループが、のちのスケート部となり、塚本 強、誉田実、新田義夫の諸氏らが、赤城湖畔にて合宿を始めたのがスケート部の前身といわれている。大正12年の頃と思われる。

大正13年の晩秋に全国学生氷上連盟が組織され、明治、早稲田、慶応、東京帝大、日本歯科医大の5大学で結成された。翌年の大正14年に、長野県浅間六助池で第1回全国学生氷上競技選手権大会が開催され、今日まで続くこと第85回大会まで脈々と学生氷上スポーツの祭典が継承されて来たのである。

その後、本格的なスケート、つまり競争を目的としたスピードスケートやフィギュアスケート、そして氷上の球技スポーツアイスホッケーと競技が部門化して行った。しかしクラブ発足当初は部員不足の理由で、一人が3役をこなす選手が多く、競技会などにおいては、午前中スピードスケート、午後アイスホッケー、明日はフィギュアスケートといった具合で大会に出場していたという。今ではとても考えられないことであるが,非常に面白い話である。

・・・・・・・・つづく

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